個人事業主と法人で何が違うのかご存じでしょうか。事業は同じでも、かかる税金の種類や社会保険加入の義務、社会的な信用度などで違いがあります。この記事では個人事業主と法人について、基本的なことからメリット・デメリットまで紹介していきます。
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| 本記事の監修者 Seven Rich会計事務所/日野 陽一(ひの よういち) 2011年に青色申告会に入社。2015年に公認会計士試験に合格し、有限責任監査法人トーマツ東京事務所に入所。金融機関の法定監査などに携わる。2018年からはSeven Rich会計事務所に勤務し、ベンチャーやスタートアップ企業を中心に資金調達やIPOの支援、税務申告のサポート等を行っている。 |
起業して事業を行う場合の届出は、個人事業主と法人の2通りあります。どちらを選ぶかで必要になるお金や事業のあり方が大きく変わるため、適当に選んではいけません。両者の切り替えは可能ですが、さまざまな手続きが必要です。
そこでこの記事では、初めて起業を検討している人向けに、個人事業主や法人とは何かやそれぞれの違い、メリット・デメリットを解説していきます。理想の経営ができるように、ぜひ参考にして事業のスタートを切ってください。
そもそも個人事業主や法人とは、どのような意味なのでしょうか。これらの届出をしていなくても、フリーランスで仕事を請け負うことはできます。起業するときの基本として、法律上の扱いを見ていきましょう
個人事業主とは、「反復・継続して仕事を行っている個々の人」のことです。税務署に開業届を提出すると、個人事業主として認められます。自分1人で仕事をしていても、複数人の従業員を雇っていても扱いは変わりません。
会社員であれば、企業の就業規則に縛られて仕事をしますが、個人事業主は全てを自身の裁量で決められます。仕事を受け取った分だけ収入は増え、税金を計算して確定申告で納めます。業務内容はフリーランスと変わりませんが、開業届の提出の有無で税務上の扱いが個人事業主に変わるのです。
法人とは法律上で認められた人格を指し、届出をした実在の人とは別の存在として、法的な権利や義務を行使できます。例えば、事業のための事務所の契約、各種保険への加入といったもので、登録した法人が名義に使えるのです。
法人と扱いを混同しやすい言葉に、「企業」や「会社」があります。企業は、法人や個人事業主をひとくくりにし、経済活動を行っている組織や個人全てを指します。会社はくくりが限定され、会社法に従い法人登録をしている組織や個人です。
法人は、さらに営利法人や非営利法人などに細かく分類され、組織の目的や活動内容も変わってきます。
法人は大きく分けて、営利法人・法人・公的法人の3種類があり、それぞれの特徴や組織の区分は次のようになっています。
法人の種類 | 特徴 | 組織の区分 |
営利法人 | 利益を獲得し構成員で分配することが目的の組織 |
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非営利法人 |
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公的法人 |
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非営利法人の中で、表の一般財団法人から宗教法人までの6つは公益法人としてもくくられており、不特定多数の者への利益を目的としています。
個人事業主と法人は具体的に何が違うのでしょうか。
両者の大きな違いは次の5つです。
個人事業主 | 法人 | |
事業にかかる税金 | ・所得税(所得に応じて税率5~45%) ・住民税(都道府県民税と市区町村民税がある) ・事業税(事業所得(青色申告特別控除前)が290万円超の場合に課税される) | ・法人税(法人の種類や規模で税率15~23.2%) ・法人住民税(所得から算出された法人税額に住民税率を乗じた税額) ・法人事業税(「所得」に法人事業税率を乗じて算出) |
開業・廃業にかかる費用 | 0円 | 10万~25万円程度 |
社会的な信用度 | 法人よりは低い傾向 | 高い |
保険の加入義務と負担 | 基本的に社会保険の加入義務なし(負担は事業者が半額) | 加入義務あり(負担は給与の15%程度) |
赤字の繰越控除 | 最大3年 | 最大10年 |
5つの違いについて、1つずつ詳しく見ていきましょう。
個人事業主と法人では、そもそもかけられる税金の種類が異なります。
個人事業主:所得税(所得に応じて税率5~45%)
法人:法人税(法人の種類や規模で税率15~23.2%)
個人事業主は利益を上げれば上げるほど納税額が増え、手元に残るお金は増えにくいです。
また、税金の計算で経費に含められる範囲も違っています。法人であれば個人事業主の範囲に追加でき、経営者や従業員の給与、生命保険料なども経費扱いにできて、課税される利益を小さくみせられます。
住民税に至っては、算出方法そのものが異なります。個人事業主は所得から求めるのに対し、法人は法人税額から求められるのです。トータルでどちらが得になるかは、実際の経営状態に照らし合わせて細かく計算しないと、判断は難しいです。
個人事業主や法人として、開業・廃業するためには届出が必須です。事業によっては、さまざま設備の用意や廃棄の費用がかかりますが、現在ではスマートフォンと通信環境だけでも事業は行えます。そのため事業にかかわらず明確な違いは届出にかかる費用です。
個人事業主の場合は、税務署や国税庁の公式HPから無料で入手できる「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出するだけです。手数料や印紙は不要で、開業や廃業の費用もかかりません。
法人の場合は、開業するのに印紙や手数料に当たる法定費用と資本金が必要です。法定費用は10~25万円程度で、株式会社や合同会社などの種類によって変わります。廃業には登記上の手続きに数万円かかります。
事業の内容や規模がまったく同じでも、個人事業主より法人のほうが社会的な信用度が高い傾向です。法人であれば、運営に会社法を守るなどの厳格さが求められるため、そのことが信用度の高さにつながっています。
社会的な信用度の高さは、融資や取引の有無に違いが出ます。法人であれば一定の資金力が期待できると判断され、融資を受けられるようになったり、取引に応じてもらえるようになったりするのです。また、明確な就業規則があることによって、人材が集まりやすいでしょう。
社会保険である健康保険や年金は、個人事業主と法人で次の違いがあります。
個人事業主 | 法人 | |
加入の義務 |
| 従業員の人数によらず加入義務 |
加入する保険の種類 | 国民健康保険(または社会健康保険)・国民年金 | 社会健康保険・厚生年金 |
負担の割合 | 事業者負担分なし(従業員が5人未満の場合) | 給与の15%程度 |
個人事業主での加入は、製造や金融、通信など16の適用業種が法律で定められており、2022年10月からは弁護士や税理士といった士業も含まれます。
法人の社会保険料は、従業員の年齢や給与によって負担が重くなります。雇用する年齢や給与の設定に注意していないと、将来の運営資金に余裕がなくなるでしょう。
起業してもすぐに利益を上げられる保証はなく、赤字経営もありえます。個人事業主でも法人でも、確定申告は青色申告者になるのですが、赤字の繰越控除で違いが出てきます。
繰越控除とは、前年の赤字で当年の利益を小さく計上できる制度で、利用すると所得税や法人税の節税が可能です。(青色申告が条件)
この制度において赤字を繰り越せる年数が、個人事業主では3年、法人では10年が上限となっています。例えば、起業する段階で高額の設備費用が必要になる場合は、法人であったほうがなかなか利益につながらなくても、税金の負担を長期で軽減できます。
簡単な届出だけで始められる個人事業主から、登記などの手数料を支払って法人にしたほうがよいのでしょうか。事業内容は一緒でも、経営状況は変わるためメリットとデメリットを把握しておきましょう。
個人事業主が法人になるメリットは次の7つです。
自身の収入に控除の適用
2年間は消費税の免税
経費に計上できる範囲が広がる
社会的な信用度の上昇
責任の範囲を有限化
事業継承が可能
赤字の繰越計上できる長さ
法人になると、自身の収入として役員報酬を設定でき、所得金額に応じて控除額を提供可能です。消費税は2年前の売上で算出されるため、開業から2年間は免税されます。
経費は自宅を社宅扱いにしたり、車を事業で必要なものとしたりして、計上できる範囲を広げられます。支出の中でどれだけ事業に関わりがあるのかを見直すと、節税効果が大きいでしょう。
社会的な信用度については、法人のほうが個人事業主よりは高い傾向です。トラブルが発生したときの責任は、法人の場合には出資金額の範囲内で限定されます。
事業継承は、個人事業主だと各種許可が取り直しになるのに対し、法人はそのまま引き継げます。赤字の繰越計上は個人事業主より7年長くなるため、経営が上手くいかないときのリスクを軽減することが可能です。
個人事業主が法人になるデメリットは次の4つです。
確定申告の難易度が上がる
法人になるときに費用
赤字経営でも住民税の納税
社会保険に加入する必要性
法人税の確定申告は、個人事業主のときより計算するべき項目が増え、事務作業の手間がかかります。難しいからと税理士に依頼すると、その分だけコストも増えてしまいます。法人になるときの費用は10万~25万円程度かかり、手元に資金がないと手続きができません。
住民税においては、法人の場合は資本金や従業員の数で決まる「法人住民税の均等割」という制度があり、数万円は納税する義務があります。社会保険への加入は義務となり、従業員の年齢や給与が上がっていくと、支払う額も増えていきます。
事業を拡大するなら、個人事業主のままでいるより、法人化したほうがメリットを享受しやすくなります。そこで、法人化するにはどのような手続きが必要なのかを、次の流れに沿って解説していきます。
基本事項や定款を決めて会社の設立
法人としての各種書類を提出
個人事業の廃業届
廃業前の契約や現物出資を引継ぎ
廃業した事業の確定申告
法人の会社を設立するために決める基本事項は次の6つです。
株式や合資などの会社の形態
独自の商号
事業の目的
法人の本店
役員構成
法人の資本金
会社の形態は資金をどのように集めるのかや、誰がどれだけの権限を持つかなどで決めてください。商号や事業目的、本拠地は、個人事業主のときのものをそのまま使っても問題はありません。心機一転したかったり、新規事業に挑んだりする場合は、変更しておきましょう。もし居住用の賃貸住宅を本店とする場合は、契約違反になる可能性があるため、契約内容を確認してください。
また、オフィスを借りる資金的余裕がない場合は、ビジネスに必要な設備や環境が一通り備わった賃貸オフィス(サービスオフィス・シェアオフィス・レンタルオフィス)を利用するのもおすすめです。
役員構成は現在1人なら悩む必要はありませんが、人によっては協力してくれている配偶者などを加えます。資本金は個人事業主から法人化する場合には、直近の確定申告書を活用しましょう。
設立のために決めたことは各種手続きで必要になるので、定款としてまとめておきます。
法人化の手続きを法務局で行うため、次の書類をそろえてください。
設立登記申請書
作成した定款
登録免許税納付用台紙
代表取締役と取締役の就任承諾書
監査役の就任承諾書と本人確認書類
出資金の払込証明書(通帳のコピーなど)
印鑑・印鑑届・印鑑証明書
設立登記申請書は、法務局の公式HPや窓口から無料で入手できます。登録免許税納付用台紙は特別な決まりはなく、コピー用紙などでも認められます。各種の就任承諾書は、その役職に就く人がいる場合に用意してください。
書類の提出は、直接窓口に持ち込む郵送、オンライン申請の3パターンがあります。オンライン申請は「登記ねっと 供託ねっと」から行えます。事前に専用ソフトのダウンロードや電子証明書の取得が必要ですが、不備があっても専用ソフト上で修正が可能です。
法人化する場合は、残していると同一の業務内容で利益相反がおき、会社法違反になる可能性があるため、廃業届を出しておいたほうがよいです。廃業するには次の書類を用意しましょう。
必須の書類
所轄の税務署に「個人事業主の開業・廃業等届出書」
都道府県税事務所に「廃業届の書類」(書類の名前は都道府県で変わる)
状況によって必要になる書類(提出先は全て所轄の税務署)
青色申告をしていると「青色申告の取りやめ届出書」
消費税を納税していると「事業廃止届出書」
予定納税中だと「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書」
従業員に給与を支払っていると「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」
それぞれ提出する期限や時期が決まっているため、事前に用意しておいたほうがよいでしょう。
個人事業を行っていたときに形成した、棚卸資産・不動産・売掛金・固定資産などは引き継ぎが可能です。すべてを引き継ぐ必要はなく、法人の事業で有用なものを取捨選択しましょう。
売買契約で引き継ぐ場合は、不動産取得税が発生するため注意が必要です。立ち上げ時の現物出資では、時価総額を算出しなければならず、税理士などからアドバイスを受けたほうががよいです。賃貸借契約での引き継ぎは、無断転貸でトラブルが起きないように、関係者に話を通してください。
法人化しても、前年に個人事業で得た利益に関しては、通常通りに確定申告をしなければなりません。忘れていると延滞税や無申告加算税が課せられます。引き継ぎによって、個人事業としては利益が出るケースがあるため、例年以上の納税額になるかもしれません。
確定申告の計算では、個人事業で所得があった期間が1年に満たないケースが多いため、控除額は月割額などで求めましょう。また課税事業者であった場合は、消費税の確定申告もこれまで同様に必要です。
最後にQ&Aの形で、個人事業主や法人にしたい人が抱く疑問を解消していきます。法人化は事業の大きな転機となり、疑問を抱えたまま手続きを進めると、後悔するかもしれません。次の4つについて、詳しく見ていきましょう。
どのタイミングが最適なのかは事業主によって異なりますが、よく使われる判断基準として次のものがあります。
所得税と法人税はどちらの納税額が多いか
消費税の納税が必要か
社会保険の負担に耐えられる資金力があるか
どこまで事業を大きくしたいか
個人事業主としての利益が800万~900万円の場合は、法人税の納税額が同等になります。まだまだ利益が伸びそうであれば、早く法人化したほうがよいでしょう。消費税の納税は、売上が1,000万円以上で2年後から必要です。法人化すると売上にかかわらず2年の猶予があるため、納税義務が発生する前に法人化するのもよいでしょう。
社会保険の負担は、従業員の年齢と給与からシミュレーションが可能なため、そのときの資産と相談してください。事業拡大のために、取引先を増やしたり融資を検討したりしているなら、法人化するには良いタイミングです。
客観的に別の事業だと判断できるなら、個人事業主と法人の掛け持ちは可能です。掛け持ちしていると個人事業側の健康保険料は不要になり、青色申告特別控除といった節税方法が使えます。
しかし法人の売上にかかわらず住民税の納税は必要ですし、確定申告などの事務的な手間も増えてしまいます。トータルで、税金がお得かや許容できる手間なのかといった基準で判断しましょう。
補助金や助成金は、国や自治体が主体となりさまざまなものがあります。例えば、創業支援等事業者補助金では、地域活性化を目的として雇用を創出する事業者に、50万~1,000万円の補助金がおります。キャリアアップ助成金では、非正規雇用のキャリアアップで、1人当たり最大72万円が支給されます。
補助金と助成金は似ていますが、補助金は年度の予算内で募集件数が決まるため、早期に申し込んだほうがよいです。年度が変わると制度がなくなることもあります。最新情報を経済産業省や厚生労働省、事業をした地方自治体の公式HPなどから入手しましょう。
法人で事業を行う場合は、生活費などと混同しないように専用の口座を作ります。法人口座があれば、融資や借入の相談、取引先や従業員への振込手数料の交渉などがしやすくなります。
法人口座を作れる金融機関の特徴は次のとおりなので、使い勝手のよい所を選んでください。
金融機関の種類 | 特徴 |
都市銀行 |
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地方銀行 |
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信用金庫 |
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信用組合 |
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ネット銀行 |
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ゆうちょ銀行 |
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個人事業主と法人では、まったく同じ事業をする場合でも、かかる費用やできること、やるべきことが大きく変わってきます。いきなり法人で起業する必要はなく、個人事業主であれば費用がかからずに、簡単な書類を提出するだけで開業が可能です。
また必要な書類を提出することで、いつでも個人事業主から法人化できます。どちらで事業を行うかは、税金や社会的信用度などの違い、メリット・デメリットなどを参考に、目的が達成しやすいほうを選んでください。
本記事の監修者 Seven Rich会計事務所/日野 陽一(ひの よういち) 2011年に青色申告会に入社。2015年に公認会計士試験に合格し、有限責任監査法人トーマツ東京事務所に入所。金融機関の法定監査などに携わる。2018年からはSeven Rich会計事務所に勤務し、ベンチャーやスタートアップ企業を中心に資金調達やIPOの支援、税務申告のサポート等を行っている。 |
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