資金繰り表とは何のための書類で、なぜ作成する必要があるのでしょう。なくても事業は続けられますが、作成しておくと倒産リスクの回避に役立ちます。この記事では、資金繰り表についての基本知識や作成方法を紹介するので、ぜひ参考にしてください。
\この記事は、専門家監修のもと制作しています/
本記事の監修者 Seven Rich会計事務所/日野 陽一(ひの よういち) 2011年に青色申告会に入社。2015年に公認会計士試験に合格し、有限責任監査法人トーマツ東京事務所に入所。金融機関の法定監査などに携わる。2018年からはSeven Rich会計事務所に勤務し、ベンチャーやスタートアップ企業を中心に資金調達やIPOの支援、税務申告のサポート等を行っている。 |
資金繰り表とはどのようなものかご存じですか?現在の経営状態を知るために必要で、資金繰りが上手くいっていないと、どれだけ売上があっても倒産のリスクがあるのです。決算報告書のように作成を義務付けられてはいませんが、あると健全な経営状態を維持するために役立ちます。
そこでこの記事では、資金繰り表について基本的な知識から実際の作成方法、具体的な活用方法について解説していきます。現在の資金を正確に把握できていれば、事業の選択肢を増やせるかもしれません。ぜひ参考にして、自分で資金繰り表を作成できるようになってください。
まずは資金繰り表の基礎知識として、次の3つについて解説していきます。
資金繰り表とは何か
資金繰り表の種類と特徴
資金繰り表を作成するメリット
事業の規模にかかわらず、経営を続けるためには資金繰りが必要です。手間をかけても作成するべき理由を把握しておきましょう。
資金繰り表とは、現在行っている事業の一定期間における現金収支を表でまとめたものです。日々付けている会計の帳簿とは別で、毎月作成するのが一般的です。
資金繰り表には、主に次の項目が含まれています。
前月繰越:前月から繰り越された資金の合計
営業収支:現金売上や売掛金回収、仕入れなど営業活動による収支
財務収支:融資などの借入金と返済による収支
経常収支:本業以外で得たり支払ったりした資金の収支
翌月繰越:前月繰越と今月の収支の合計
これらの項目の内容は、会計上の入金や出金とは違っています。
資金繰り表には次の2種類があります。
実績資金繰り表
予定資金繰り表
実績資金繰り表には過去の資金の流れが記載されますが、日々の売掛や買掛の入出金がそれにあたります。あくまで現在どれだけ資金が出入りしているかがわかる表です。
予定資金繰り表には、前年の損益計算書などを参考に将来の資金の予測が記載されます。例年であれば、数ヶ月後にまとまった支払いや入金があるといったことがわかります。あくまで予測なので、実際とズレてしまうことはよくあるでしょう。
資金繰り表を作成するメリットは、毎年作成する損益計算書では把握しにくい、資金の増減がわかることです。事業では売掛金があるため、帳簿上では利益が出ていても入金が数ヶ月先ということもあり、現在は手元にお金がないかもしれません。増減を把握せずに、手元のお金が運転資金を下回ってしまうと、事業を続けられません。
また、資金繰り表から回収できていない売掛金がいくらあるのかや、過剰在庫を抱えていないかなども判明します。資金不足の原因を特定できていれば、適切な対応を検討できるでしょう。判断材料が増えるほど経営戦略が練りやすくなります。
資金繰り表は細かな計算が必要になるため、電卓など手動で行うより表計算ソフトなどを使ったほうが、事務仕事の労力を削減できます。ここでは、表計算ソフトを使うことを想定し、次の3つのステップで作成する手順を紹介していきます。
必要になる書類の収集
経常収支・財務収支の枠組み作成
計算式と金額の入力
資金繰り表を作成するためには、実際に入力する数字がわかる書類の収集から始めなければなりません。実績と予測の資金繰り表を作成するために、それぞれ手元に次の書類を用意してください。
実績資金繰り表 | 予定資金繰り表 |
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起業したばかりの個人事業主などでは、まだ決算報告書や販売・人員の計画まではないかもしれません。そのため、実績資金繰り表では現金出納帳か預金出納帳は最低限用意しましょう。予定資金繰り表では、ある程度で問題ないので数値の予測を立ててください。実際には、その都度補正していくことになっても作成する意味はあります。
ステップ2では、収集した書類の数字を入力するために、表計算ソフトで枠組みを作成していきます。よく使われる項目として、営業収支や財務収支では次のものがあります。
<テンプレート例>
月 | 月 | 月 | ||
前月繰越 | ||||
営業 | ||||
収入 | 現金売上 | |||
売掛金回収 | ||||
手形期日 | ||||
手形割引 | ||||
前受金 | ||||
その他の営業収入 | ||||
営業収入 | ||||
支出 | 現金仕入れ | |||
買掛金支払い | ||||
手形決算 | ||||
人件費 | ||||
販売費 | ||||
管理費 | ||||
その他の営業支出 | ||||
税金 | ||||
営業支出 | ||||
営業収支 | ||||
財務 | ||||
収入 | 借入金 | |||
その他の財務収入 | ||||
財務収入 | ||||
支出 | 借入金の返済 | |||
その他の財務支出 | ||||
財務支出 | ||||
財務収支 | ||||
経常収支 | ||||
翌月繰越 |
必要であれば、取引先や融資を受けている金融機関ごとに、収支を分けて記載しましょう。
ステップ3は、計算が必要なセルに計算式を埋め込み、そろえた書類から金額を入力するだけです。計算式と埋め込む場所は次のようになっています。
営業収入=「現金売上」から「その他の営業収入」までの合計
営業支出=「現金仕入」から「税金」までの合計
営業収支=「営業収入」-「営業支出」
財務収入=「借入金」+「その他の財務収入」
財務支出=「借入金の返済」+「その他の財務支出」
財務収支=「財務収入」+「財務支出」
経常収支=「営業収支」+「財務収支」
翌月繰越=「前月繰越」+「経常収支」
もし計算された翌月繰越の額が、手元の預金出納帳などとズレていれば、どこかにミスがあります。計算式や入力した数字に間違いがないかを、1つずつチェックしていきましょう。
白地のシートに、何ヶ月分もの各種数字がそのまま羅列されていると、見るべき数字やどこに入力するのかなどがわかりにくくなります。資金繰り表は作成することが目的ではなく、それを使って何をするのかが重要です。
そこで次の3つのコツを実践し、見やすい資金繰り表にしましょう。
枠線や色付けで見やすいレイアウト
資金繰り表のグラフ化
資金繰り表のテンプレートを流用
枠線を引いたり各種セルに色づけしたりすると見やすくなります。枠線は基本黒色で、前月繰越や翌月繰越などの部分は線を太くしておくとよいでしょう。もし実績と予定の資金繰り表をひとまとめにする場合は、テンプレートの「月」の部分を予定と実績に分けてしまえば、比較もしやすいです。
各種セルの色付けに関しては、計算式を入力しているところだけでも、自身が見やすい色で分けておきましょう。文字に関しては、重視している勘定科目を太字にしたり、収支がマイナスになっている所を赤字にしたりするなどの工夫もあります。
あまり細かく色付けしてしまうと、むしろ見えにくくなってしまうため抑えてください。レイアウトに正解はないため、実際に使う人の見やすさを重視しましょう。
数字が羅列されているだけでは、どのように資金繰りが推移しているのかを把握しにくいです。一目で分かるようにするためにはグラフ化するのがおすすめです。
4月から翌年の3月までなど、事業で想定している年度ごとで区切ります。そして月末の現金の預金推移や収支と資金の対比などを、棒グラフや折れ線グラフにすると、バランスが取れた経営ができているかわかるでしょう。
また前年の同月との比較もグラフ化しておくと、いつ資金が必要になるのか把握できます。作成したものは現場の社員とも共有し、事業が抱えている課題ややるべきことを認識してもらっていると、将来につながります。
ゼロから資金繰り表を作成するには手間がかかり、どのような形が見やすいのかを模索しているとキリがありません。そこで見やすい形にしたい場合は、インターネット上から無料でダウンロードできるテンプレートを流用しましょう。
テンプレートは個人から大企業が作成したものまで多種多様で、中には日本政策金融公庫が経営計画策定向けに提供してくれているものもあります。多くのものはエクセル形式になっており、MicrosoftのOffice on the webやGoogleスプレッドシートなどであれば、無料で利用できます。
実際に資金繰り表を作成すると、把握していなかった不足分が見つかることがあります。そのままにしていては事業が頓挫するため、早急に解消しなければなりません。ここでは資金を確保する方法について、次の3つを詳しく紹介していきます。
現状のコストを削減するためにすぐにできることは、販売のための交通費や通信費、管理するための消耗品費や交際費などの見直しです。一つ一つは少額でも、積み重ねると大金になります。人件費や福利厚生費も削減の対象ですが、従業員の不満に繋がり大々的にはできないでしょう。
また、仕入れや販売のコストも見直すべきです。限界はありますが、より原価が低い商品や仕入れ額が安い取引先を探して不足分を確保します。可能であれば、今後の資金繰りを根本的に解決するために、利益率の高い事業を模索するのも一つです。
商品やサービスの提供が完了していても、売掛金の回収が滞っていると資金不足に陥ります。ファクタリングという仕組みを使えばすぐに現金化できますが、手数料の分だけ通常の回収より損をします。
改善方法は、取引先との今後の契約で1ヶ月でもよいから回収サイクルを短くすることです。取引先の経営状況との兼ね合いで交渉し、短くできるほど資金繰りに余裕が生まれます。契約を取るためでも、安易に回収期間を延ばしていると後悔するでしょう。
理想は前受けができる事業をすることです。そうすることで回収の遅れは発生せずに、手元の資金が少なくても事業を回せます。
運転資金が枯渇するまでに余裕があり、まとまった資金が必要な場合は、金融機関からの融資を受けましょう。審査や利子の返済はありますが、資金繰りは一時的に解消できます。利子を少なくする場合は、国や地方公共団体の融資を探すとよいでしょう。
他にも時間はかかりますが、次のような資金調達方法もあります。
新規株の発行
個人投資家からの出資
中小企業ファンドからの投資
クラウドファンディングでの募集
事業の今後への負担が重くならない方法を検討して実行してください。
もし資金繰り表から資金に十分な余裕があることがわかったら、あなたはどうしますか?法人口座で定期預金をしていても、0.1%未満の金利は珍しくなく、長期で預けていても増える額は微々たるものです。
そこで資金の活用方法のおすすめとして、次の3つを紹介していきます。
2つの方法で事業拡大
社内の人材育成
社内のDXを推進
実行しやすいものを検討し、さらなる利益につなげましょう。
事業の拡大方法は2通りあり、既存事業を伸ばすか新規事業への挑戦です。既存事業であれば、これまでのノウハウを活かして低リスクで行えます。既存市場を開拓したり、最新の需要に対応した商品・サービスを提供したりして稼ぎます。
新規事業では、新たなノウハウの構築や設備投資などが必要ですが、成功したときの利益は大きいです。どのような形態の事業でも、同じ方法がいつまでも通用する保証はありません。新型コロナウイルス感染症の影響のように、突発的な市場の変化も起こりえます。稼げる事業を増やしていれば、何かあっても企業を存続させやすくなるでしょう。
事業が大きくなるほど、経営者1人でできることには限界があります。また、現在はある程度の従業員を確保できていても、人口減少などで人材不足は深刻化し、1人がこなす役割が多様化しています。
積極的に人材育成をしていかないと、ビジネスの世界で企業は生き残っていけません。OJTやOFF-JT、自己啓発、目標管理、評価制度などを組み合わせ、長期的な計画を立てます。自発的に動いてくれる従業員が育つと、業績の向上も狙いやすいでしょう。
人材育成であれば、国や地方自治体などが補助金・助成金を用意しています。審査に通過できれば、質の高い教育を実践できたり資金に余裕を残したりできるので、活用するのもおすすめです。
DXとはDigital Transformationの略で、デジタル技術を使い社内改革をして競争の優位性を確立することです。実現できれば業務の効率化で生産性が向上し、情報の管理や共有が簡単になります。
ただしITツールの導入やセキュリティの確保に費用がかかるため、資金に余裕がある内に実行しておかないと、他社に遅れを取るでしょう。実際に行うことは次のようなものがあります。
ルーティンワークを自動化しヒューマンエラーも防止
ペーパーレス化で管理業務の経費削減
データの一元化で部署を超えた経営判断のスピードアップ
オンライン上のコミュニケーションツールを導入し働き方改革
AIなどでデータ分析
最後に資金繰り表の作成に当たり、気になりやすい次の3つの疑問について解説していきます。
キャッシュフロー計算書と何が違うのか
作成した資金繰り表の保管は必要か
資金繰り表の計算が合わないときはどうするか
実際の作業に取りかかる前に、不安なことは全て解消しておきましょう。
キャッシュフロー計算書と資金繰り表の大きな違いは、どの時点のお金について述べられているかです。キャッシュフロー計算書は事業の過去を扱い、収支のバランスが取れているのかがわかります。一方資金繰り表は事業の未来を扱い、今後どれだけ資金が必要になるのかを予測できます。
また両者は見せる対象も違ってきます。キャッシュフロー計算書は投資家など社外の人向けで、資金繰り表は経営者など社内の人向けです。そのため上場企業になると、法律でキャッシュフロー計算書を毎年作成することを義務付けられています。
そもそも資金繰り表の作成は義務付けられていないため、保管は不要です。データを残し毎月更新していれば経営の役に立ちますが、なくても事業を続けることは可能です。
その代わり作成に使った書類については、青色申告の記帳の証拠となるため保管が必要です。総勘定元帳や仕訳帳などの帳簿、領収書や預貯金通帳などの入出金の証拠は7年、見積書や契約書など取引で使ったものは5〜10年保管してください。
パソコンなどで作成したものでも、基本的に紙で出力して保管する必要があります。電子帳簿で保存しておきたい場合は、国税庁の公式HPなどで確認できる電子帳簿保存法に従いましょう。
テンプレートなどを使っても、具体的な数字は手入力になるため、実際の資産と計算が合わないことはありえます。そこで、やるべきことは入力した金額の地道なチェックです。入出金日も確認しながら、修正していってください。
自分で資金繰り表を作成している場合は、埋め込んでいる計算式の間違いを疑うことも必要です。足し合わせるセルの範囲が1つでもズレていると、いつまでも計算は合わないでしょう。
どれだけ売上がある事業でも、売掛金などによる入金時期のズレで、黒字倒産のリスクがあります。資金繰り表を作成しておくと資金不足を把握でき、健全な経営を維持するために役立ちます。
作成するためには決算報告書や各種帳簿をそろえ、営業収支や財務収支などの枠を作った表計算のシートに、具体的な数字を入力していきます。頻繁に更新するものだからこそ見やすさ重視でレイアウトを工夫し、迷ったときはインターネット上にある無料のテンプレートも活用しましょう。
資金繰り表を活用すれば、経営が危なくなる前に節約や融資で資金を確保でき、余裕があるときに事業の拡大や社内の改善ができます。決算報告書のように作成は必須ではありませんが、これからも事業を続けるのなら毎月作成してください。
本記事の監修者 Seven Rich会計事務所/日野 陽一(ひの よういち) 2011年に青色申告会に入社。2015年に公認会計士試験に合格し、有限責任監査法人トーマツ東京事務所に入所。金融機関の法定監査などに携わる。2018年からはSeven Rich会計事務所に勤務し、ベンチャーやスタートアップ企業を中心に資金調達やIPOの支援、税務申告のサポート等を行っている。 |